黒歴史④現役受験生時代編

黒歴史

はい、どうもこんにちは 二浪ニッコマンことナッキーです
今回も、前回の黒歴史シリーズ③の続きを
書いていきたいと思います。
いよいよ高3になり本格的に
大学受験を迎える訳ですが
ナッキーはどうなるのでしょうか。。

前回のあらすじ
高2の時に4月始まって早々
周囲がバカみたいにグループ化して
アウェイとなってしまったナッキー
結果的にクラスに馴染めずクラスで一言も喋らず帰るという
ゴミみたいな高校生時代を
過ごすことになったナッキー…
果てしてここからどうなる!?

こうして高2の3月
地獄の修学旅行を終え
高3に進級できた訳ですが
とりあえず、高3になって最初に
意識するのは大学受験でしょう。

正直、その頃の自分自身は
悲しい気分でもありました。
なぜならせっかく人生で一度しかない
大事な高校生時代
こんな哀れに過ごして受験を
迎えてしまったのだから…

だからこそ、この頃の自分は
せめて大学受験は成功させてやろう
決心して、高1のときに
オープンキャンパスに行って感動した
上智に絶対行くということに
異様に執着していたのかもしれません。

前回の③では、話せませんでしたが
実はナッキーはすでに高2の夏あたりから
塾には通っていました。

が、しかしその塾の方針は
難しい英文を書かれたプリントを毎回渡されて
それを訳して先生に
あてられたらどうして
そういう訳になるのかを
説明するというやつでした。

正直、この頃のナッキーは
高校英語は愚か、
中学英語もままならない状況だったため
高2のときに受けた模試の偏差値
43とかいうくそ低い数字でした。

当然、そんな成績の自分が
早慶にでるような難しい英文を解いて
説明を聞いても付け焼き刃にすぎず
できるわけがありません。

先生は東大卒でめちゃめちゃ
頭がいい人だったのですが
結果的に高3になる前に
やめてしまいました。

じゃあ、どうする?ということで
ナッキーは高2の冬あたりから
独学でやる計画をたてました。

これ受験生あるあるかもしれませんが
計画を立てることに固執しちゃって
大学受験で他の人より
少しでもとらないといけない
という本質に目を向けて
いなかったんですよね。

おまけに当時の自分は
とりあえず早慶レベルまで網羅してる参考書を
こなしていけば必然的に
そのレベルには到達できると思っていたため
超分厚い英文法の本を買ってしまうんですよね。

その本はどちらかというと
わかりやすかったものの
もはや量が参考書というより
辞書並(笑)で、数ヶ月ぐらいは
それと格闘してやったものの
挫折してしまったんですよね。

それが高3の夏頃でしたね。
さすがにやばいと思い、
自分の学習方針を導いてくれる
新しい塾に入ることを決めます。
そのときに決めたのが
武田塾というところでした。

そこは、初めて入塾説明会に
行った時に相談に乗ってくれた
塾長さんが人当たりが
いい感じの人でした。
ただ、値段は結構したので(笑)
他と少し迷いましたが
そこに決めました。

他にもやはり武田塾の強みでもある
独学の方向性を導いてくれるというのが
自分にはとても魅力的でした。
当時の自分は独学にこだわっていた
というのも理由としてはあるかもしれません。

そして、いよいよ武田塾のカリキュラムが
始まる訳ですが
なにせ、高3の夏なので
もはや時間がないわけです。

正直、すでに独学を進めていたので
ある程度のレベルから
参考書を進めたかったのですが
塾長はまだ、中学英語が完璧かわからないから
そこからやり直そうと言われ
英語は中学レベルの参考書から
やることになりました。

そこからというものの
時間がないことへの焦りからか
夏休みはほぼ毎日のように
塾に通い、そこの自習室で
最後の時間まで残って勉強をしていました。

秋になるころには中堅私大レベル
までは終わるのですが
いかんせん、それでも
全然、早慶レベルには追いつけて
いませんでした。

模試も思ったように伸びず
10月あたりでガチで鬱期に
入ります。

クラスでも周りがちょっとずつ推薦や
受験の話を共有してる中
自分は1人で無言で勉強してる毎日…

この頃は本来なら過去問をやらないと
いけないのにできてないという
背徳感からかそういう
プレッシャーもじぶんを追い詰め
学校に行く日も秋ぐらいから
減りつつありました。

この頃は今でも覚えています。
学校に来れない日は
毎日、学校から電話がかかり、
今日は来ないのですか?と。
その電話が来るたびに
親への申し訳ない気持ちと
無力な自分に悔しい気持ちもありました。

その頃は机を前にしても
推薦行く奴があんなに楽しそうにしてるのに
なんで自分がバカみたいに勉強してるのか
学歴ってそんな大事なのか?という
虚無感に覆われ、勉強も手がつかなかった
思い出があります。

ただ、成績はそれでも勉強していたおかげか
5段階で4以上はキープしていたため
先生に推薦で学習院大学の枠が
余ってるから入ってみないか?
言われましたが、
やっぱり、ここまで独学でやってきた
自分を裏切りたくないという
プライドや思いからか断るんですよね。

もし、このとき断っていなければ
おそらく二浪ニッコマではなく
現役学習院にはなってたと思うと
色々と感じるものがあります。。

ただ、今更後悔しても過去は
変わらないので
前に進むしかないですね。

結果的に10月はほとんどできませんでした。
ただ、11月になってさすがに
危機感を募らせ、
また勉強を再開します。

今までの復習を急ピッチで終わらせ
一般の過去問をやるのですが
全然とれない…!
それはそのはずです、
10月という大事な時期を
無駄にしてしまった上、
参考書をこなすことに
視野を向けすぎて
土台が砂の城に
なってたのだから…

そんなこんなで、センター過去問をやる時間がなく
1月の本番を迎えてしまいました。
さすがに、その頃は
もう結果は見えており

現役のセンターは

英語    140点
リスニング 20点
世界史   80点
国語    120点

みたいな酷すぎる結果になりました。
当然、こんな成績で一般を
受けても受かるはずがなく
一般は1つを除いて
ニッコマ、マーチ、早慶は
全落ちになってしまいました。

受かった大学も
行きたい大学ではなく、
親には行くことを勧められましたが
学習院を断って上智行くために
一般目指したのに
それは嫌だというプライド
邪魔をして受け入れることが
できませんでした。

結果的にここから浪人を決意し
地獄の泥沼な浪人生活
幕を開けるのです…

と、こんな感じで現役の話を
させてもらいました。
今、思い返してみても
当時は自分の実力を俯瞰して
見れてなかったのだと
よく痛感します。

もうすこし、ちゃんと実力をみて
しっかりと早い段階から
土台を積み重ねていっていれば
たとえ、一般でもマーチぐらいは
受かってたかもしれませんし

また、推薦という選択もしていれば
少しは運命も変わっていたのかもしれませんね。
人生はちょっとした選択で
変わっていくもんですよ。
だから、後悔しないように今を生きるしかない…

もし、この記事をみて
これから受験を控えてる方がいましたら
この自分を反面教師として
いろんな選択肢を吟味したり
自分の実力や立ち位置を
よく考えてみていただけると幸いです。

黒歴史シリーズ⑤もいずれ記事として
書く予定なので
こんな人がいるんだな笑っていうような
軽い気持ちでもいいので
ぜひ見に来てくださいね笑

以上、ナッキーでした!

 

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